MT 半径の上限と、偽の準位(縮退の相手のいないバンド)
MT 球を大きく取りすぎると、バンドに偽の準位が出ることがある。アルカリ・アルカリ土類と H の球の上限は、これを避けるように決めてある (ctrlgenToml.py の r_upper_limit、2026-10-07)。この頁は、その例と、上限の決め方をまとめる。上限の表そのものは lmf.md の MT 半径の節にもある。
1. 例: Rb₂Sc₂O₄(mp-7650、P6₃/mmc)
Rb₂Sc₂O₄ は層状の構造で、面内の格子が 3.26 Å、c が 12.8 Å。空間群 P6₃/mmc は非共型(らせん軸と映進面を持つ)なので、BZ の上面 (A–L–H、k_z = π/c)では、スピン軌道相互作用が無ければ、すべての準位が 2 重に縮退する。
図 1 の左は、Rb の MT 半径 2.8 a.u.(2026-10-07 より前の上限)の LDA のバンドである。A の近くの A–L の上に、縮退の相手のいない準位 (オレンジの丸)がある。この準位はまわりの帯につながらず、対称性からはありえない。半径を 2.4 a.u. にすると(図 1 の右、今の規則)、消える。 価電子帯、伝導帯の下端、ギャップ(3.348 → 3.350 eV)は変わらない。

図 1. Rb₂Sc₂O₄ の LDA のバンド。左: Rb の MT 半径 2.8 a.u.、rsmh 1.4。右: 2.4 a.u.、rsmh 1.2(rsmh = r/2、今の ctrlgenToml.py の入力)。 オレンジの丸は、A–L の上で 0.02 eV 以内に縮退の相手のいない準位。道筋は getsyml(区間ごとに最低 5 点)。左は ecalj b81da2342(kt1)、 右は 2026-10-07 の ecalj(t14)。描いた数値は mtradius/bands.npz、図を作るスクリプトは mtradius/make_figs.py。
この偽の準位は QSGW80 にもそのまま現れ、データベースの MLO の判定(模型と QSGW80 のバンドの比較)で、最大のずれ 0.86 eV の FAIL の原因になっていた。 模型の側には偽の準位が無いので、比べる相手のほうが壊れていた。Rb 2.5 a.u. で回し直すと、QSGW80 のギャップは 6.056 → 6.058 eV で、MLO は PASS(0.040 eV)になった。
2. 何が起きているか
PMT 法では、球の中では包絡関数(MTO と APW)を、その原子の動径関数 φ・φ̇(l ≤ lmxa)の組で置き換える(augmentation)。包絡関数のうち、 球の中で φ・φ̇ で表しきれない部分(高い l の成分、動径の形)は捨てる。球が大きいと、捨てる部分が大きくなり、「球の外ではほとんど 0 で、 球の中でだけ違う」包絡関数の組み合わせが、augmentation の後は何にも決められない、不定の方向として残る。これが偽の準位や、基底の一次従属になる。
表 1 のとおり、偽の準位は球を小さくすると消えるのではなく、上(高いエネルギー)へ逃げていく。一方、本物の帯は半径でほとんど動かない(図 2)。 球の中の展開を細かくしても(Rb の kmxa 5 → 7)消えなかった。APW を切ると(pwmode 0)消えた。
表 1. Rb₂Sc₂O₄ の LDA の、A–L の上で縮退の相手のいない準位のうち一番低いもの(価電子帯の上端から、25 eV まで数えた。rsmh 1.4)
| Rb の半径(a.u.) | 2.3 | 2.4 | 2.5 | 2.6 | 2.7 | 2.8 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 一番低い偽の準位(eV) | 22.0 | 19.6 | 16.3 | 11.9 | 8.8 | 5.3 |
| その数(25 eV まで) | 7 | 15 | 11 | 29 | 46 | 56 |
2.6 a.u. 以下で、偽の準位は 12 eV より上に出る。今の規則(2.4 a.u.、rsmh = r/2 = 1.2)では、25 eV までに 1 本も無い(図 1 の右)。 20 eV より上は帯が混み合うので、この数え方(0.02 eV 以内の対)は余計なものも拾う。数の目安として読む。

図 2. Rb₂Sc₂O₄ の LDA のバンド(-4〜25 eV)、Rb の半径 2.3〜2.8 a.u.(rsmh 1.4 のまま、ecalj b81da2342、kt1)。オレンジの丸は図 1 と同じ。
3. 上限の決め方
球の中に入れておくべきなのは、半内殻の p と、束縛された d である。アルカリの s(とアルカリ土類の s)や H の 1s のように広がった状態は、 球の外の包絡関数で表せるので、大きい球は要らない。自由原子の軌道(lmfa の valence の表、動径関数が最大になる半径)を表 2 に示す。
表 2. 自由原子の価電子の軌道(lmfa)。「山」は r·φ が最大になる半径(a.u.)、「外」は MT 球(その計算の半径)の外にある割合
| 元素 | 半内殻 | 価電子 s | d(束縛) |
|---|---|---|---|
| H | — | 1s 山 1.06(外 45 %、球 1.60) | — |
| Na | 2p 山 0.54 | 3s 山 3.24(外 85 %) | — |
| K | 3p 山 1.15 | 4s 山 4.03(外 93 %) | 3d は束縛されない |
| Ca | 3p 山 1.05 | 4s 山 3.33(外 84 %) | 3d 山 1.28 |
| Rb | 4p 山 1.42 | 5s 山 4.24(外 92 %) | 4d は束縛されない |
| Sr | 4p 山 1.32 | 5s 山 3.62(外 85 %) | 4d 山 2.15 |
| Cs | 5p 山 1.77 | 6s 山 4.65(外 95 %) | 5d 山 3.46(ほぼ非束縛) |
| Ba | 5p 山 1.67 | 6s 山 4.06(外 91 %) | 5d 山 2.51(2.8 の球の外 61 %) |
LDA で半径を変えて調べた(各 2〜3 物質、2.0〜2.8 a.u.):
- Rb、Cs(RbBr、RbI、CsCl、CsF、Rb₂Sc₂O₄): ギャップの変化は 0.014 eV 以下、Γ の伝導帯は 0.01 eV 以下。球を小さくしても失うものが無い
- H(NaH、LiH、1.0〜1.8 a.u.): 偽の準位なし、ギャップの変化 0.006 eV 以下
- Ba(BaO、BaSe): Γ の伝導帯(Ba 5d・6s)が 2.0 → 2.8 a.u. で 1.90 → 3.30 eV と動き、2.7〜2.8 で落ち着く(2.4 と 2.8 の差は APW を 7 Ry に 上げても残る)。束縛された 5d の山(2.51 a.u.)が球の中に入っている必要がある
- Na、Mg、K、Ca、Sr: 偽の準位なし。変化は小さい(K は 2.2 → 2.6 でギャップ +0.03 eV、大きいほうで落ち着く)
表 3. MT 半径の上限(a.u.、r_upper_limit)。2026-10-07 に H・Rb・Cs を変えた。「未来案」は、小さい球にそろえる場合の案(分子性の結晶では 結合が短く、球は小さくせざるをえない。そのときは APW と電子密度の展開のメッシュを上げる必要がある)
| 元素 | 2026-10-07 まで | 今 | 未来案 |
|---|---|---|---|
| H | 3.0(全体の上限だけ) | 1.4 | 1.4 |
| Li、Be | 2.7 | 2.7 | 2.0(未検証) |
| Na | 2.4 | 2.4 | 2.2 |
| Mg | 2.4 | 2.4 | 2.4 |
| K、Ca | 2.6 | 2.6 | 2.4 |
| Rb | 2.8 | 2.4 | 2.4 |
| Sr | 2.8 | 2.8 | 2.6 |
| Cs | 2.8 | 2.4 | 2.4 |
| Ba | 2.8 | 2.8 | 2.8 |
| ほか | 3.0 | 3.0 |
rsmh(smooth Hankel の平滑化半径)は r/2 で、半径とともに変わる。今の規則の入力(Rb・Cs は r 2.4・rsmh 1.2、H は r 1.4・rsmh 0.7)で、 Rb₂Sc₂O₄、CsCl、RbBr、NaH のギャップは前の入力と 0.006 eV 以内で一致し、偽の準位は出なかった。
4. 見分け方
- 対称性で縮退するはずの所(非共型の空間群の BZ の面、高対称点)で相手のいない準位があれば、偽の準位を疑う
- 半径を少し変えて LDA のバンドを描き、大きく動く準位があれば偽の準位、動かなければ本物
- まず大きい球(アルカリ・アルカリ土類、大きい空格子球)を疑う。lmxa・kmxa を上げても直らない。空格子球(ES)でも、大きい ES(3.5 a.u. を超えるもの)や、 大きい球の原子の隣の ES で LDA が壊れた例がある(GW1500 の処方では ES の半径を 3.5 a.u. 以下にしている、mlo.md の表 M7)
GW1500 のデータベースの値は、2026-10-07 より前の上限で計算した(mlo.md の「GW1500 の標準処方」)。